文化権の実現をめざす広範な論議を
2001年11月24日 学会表明

声明文

11月22日の衆議院本会議において「文化芸術振興基本法」案が付帯決議とともに圧倒的多数で可決され、今会期中成立の可能性が極めて高くなった。文化基本法の制定は世界的な趨勢であり、日本においてもその必要性が各方面から指摘されてきた。今回の立法化はそのような動向に対応したものといえる。

とはいえ、今回の法案の内容とその決定過程に関しては、以下のような問題点を指摘せざるを得ない。

(1)「文化芸術」という奇妙な用語の採用に示されるように、この法律がそもそも芸術振興法なのか、文化基本法なのか、その基本的性格が曖昧である。この法律は本来「芸術文化振興法」として構想されたものであり、その内容の大半は広い意味での「芸術」に関わるものである。にもかかわらずそれに文化基本法的性格をも与えようとしている。その結果、芸術文化振興法の域を超えているが、文化基本法としては不充分なものとなっている。

(2)例えば、文化基本法の核心というべき「文化権」に関しては、「文化芸術を創造し、享受することが人々の生まれながらの権利であることにかんがみ」という記述こそあるが、文化権に関する独自の条項はつくられていない。人権としての文化権は、①自由権としての文化創造権、②社会権としての文化へのアクセス権・享受権、③集団的権利としての文化自決権や文化的アイデンティティ権などから構成される。それらを簡潔に提示した独自の文化権条項を法の基本理念として組み込むべきである。

(3)文化権に関する十分な検討を踏まえていないため、法律中で列挙された振興対象領域も不完全なものとなっている。

(4)公的振興における「国」の役割ばかりが具体的に記され、地方公共団体には国の施策を補完する位置しかあたえられていない。これはユネスコなどが提起する文化政策の分権化の原則にも反するし、政府自体が提唱する地方分権化にも逆行している。文化の主体は市民であり、したがってその公的振興において中心的役割を果たすのが、市民生活に身近な地方自治体、とりわけ市町村であるのは基本原則である。例えば文化振興に関連の深い社会教育法では、市町村が具体的施策を担い、都道府県さらに国がそれを補完するという構成になっている。それと対比して、今回の法律はきわめて中央集権的だと言わざるを得ない。

(5)文化政策の歴史を振り返って、最も懸念されるのは国家統制・国民動員に利用される危険性である。それに対する歯止めとしての国家の介入・統制・指導・命令の禁止条項は、「消極的思考」として退けられてしまった。

(6)文化の基本法という画期的な意義を持つ法律であるにも関わらず、大部分の市民が関知しないまま、法案化がはかられ、採択されようとしている。これは、すべての人間に文化創造・享受を保障しようという法律の趣旨に全く反するものである。

以上の理由に基づき私たちは、現在提案されている法の性急な採択に危惧の念を表するとともに、文化権の実現を保障する基本法のあり方に関して、この国に住むすべての人々による十分な論議を行うことを要求するものである。

2001年11月24日
社会文化学会第4回総会