「表現の不自由展・その後」展への脅迫と文化庁の介入を強く非難し、表現の自由を守るための取り組みに連帯するアピール

 

「表現の不自由展・その後」展への脅迫と文化庁の介入を強く非難し、
表現の自由を守るための取り組みに連帯するアピール

社会文化学会運営委員会

 私たちは、政治・経済・科学・教育・芸術といった相対的な自律性を持った諸領域を結びつける「文化」の社会的あり方(社会文化soziokultur)を探求する社会文化学会の運営委員会として、今年8月に開催された「あいちトリエンナーレ2019」において、企画展「表現の不自由展・その後」が脅迫により、わずか3日で中止に追い込まれたことに強く抗議する。そして、既に交付が決まっていた同トリエンナーレへの補助金の全額不交付を9月26日付で決定した文化庁の措置は、脅迫によって引き起こされた「中止」を国として追認するだけでなく、社会の法的・制度的安定性を行政が毀損する行為であることに強い懸念を示す。とりわけ、芸術文化に対しての自立的な運営を促す方途が後進的で、公的な支援によって運営されることの多い我が国においては、今回の文化庁の措置は同トリエンナーレの継続的な運営に対し経費面から圧迫することにつながり、「表現の不自由展・その後」の展示再開への検討を始めた同トリエンナーレ実行委員会や愛知県知事、関係各者への「制裁」ともとられかねない措置である。このような措置が今後において前例として認められるならば、狭義の「文化・芸術」の領域を超えて、社会全般に多大な委縮効果をもたらすことが危惧される。

 言うまでもなく「表現の自由」は、今までの人類史の蓄積のもと重要な人権として確立されてきたものであり、人間知性の多様性の観点、更に「知る自由」とも密接なかかわりのある重要な権利である。そして、民主主義的な観点からは、市民的文化的な議論の多様性は不断の努力によって拡張・深化させるべきものである。しかしながら、今回の脅迫行為および度を越した電話での「抗議」は、同トリエンナーレの検証委員会でも明らかにされたように、民族差別・女性差別を動機としたものであり、かかる歴史を否定するためには暴力も厭わないことを顕示するものであった。これらは民主社会の存立基盤を危うくする行為であり、日本が批准している国際的な人権条約(人種差別撤廃条約、自由権規約、女性差別撤廃条約など)の理念に悖るものである。「表現の自由」は、このような脅迫行為によって奪われるべきものではない。日本国憲法が保障するように、表現の内容がいかなる不愉快なものを含むものであったとしても、表現に対しての権力的な制約は慎重に執り行われるべきである。河村たかし名古屋市長をはじめとする政治家や行政による表現内容への介入は、表現の自由について定めた憲法21条ならびに憲法99条(憲法尊重擁護の義務)の侵害と解されうるものである。

 現在、「表現の不自由展・その後」の展示中断に対して、同トリエンナーレに参加した多数の作家からも再開に向けた様々なアピールが行われている。また同トリエンナーレを「客観的・専門的見地から総合的に検証する」ために中断後に設置された「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」(事務局:愛知県県民文化局)において9月25日に中間報告が発表され、展示再開の動きが伝えられている。あいちトリエンナーレ実行委員会及び会長の大村秀章愛知県知事が展示中断の理由として挙げた、「トリエンナーレ自体の安心・安全な運営が脅かされた(大村愛知県知事「あいちトリエンナーレ2019『表現の不自由展・その後』について(9月10日付け)」)状況は、被疑者の検挙等によって一定収束しており、速やかな「表現の不自由展・その後」の再開を願うものである。

 作品の展示は、創作行為による作品を通じて鑑賞者と作家が思想ならびに表現を深化・形成する機会であり、その点でも展示の再開が望まれる。今回の脅迫テロを端緒とする、同トリエンナーレ実行委員会及び愛知県知事における展示中止の判断は、日本国憲法第21条で禁止されている厳密な意味での「検閲」には該当しないとしても、脅迫行為においての対応がとられたなかで展示中止が解除されない場合には、作家からすれば検閲となる。同トリエンナーレ参加作家のタニア・ブルゲラ氏が指摘するように、問題を引き起こしている原因を作品の内容に求め、展示の再開のために「それを取り除くこと」を条件にしてしまうこと(タニア・ブルゲラ、小泉明郎「『表現の自由を守る』・その後」『ART iT』9月22日付)、あるいは同トリエンナーレのほかの参加作家が指摘するように、組織内で複雑化した「自主規制」は「表現の自由の侵害」となり、鑑賞者にとっての「知る権利」や作品との意思疎通を「公の場」として育む機会を侵害している。

 私たちは、現状での文化庁の同トリエンナーレへの補助金全額不交付決定の撤回を求め、同トリエンナーレにおいて「表現の不自由展・その後」展が当初の企画通りに確実に、一日も早く再開されることを要望する。

2019年9月28日

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